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東京高等裁判所 昭和44年(う)2370号 判決 1970年9月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人森美樹の各控訴趣意書に記載されたとおりであるからこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点及び被告人の控訴趣意は、本件当時原判示道路の交差点南西角附近に立たられていた、最高速度を毎時四〇粁とする旨の道路標識は、警視庁交通局の定める交差点角から五米という基準に違反してこれに満たない二・八米の地点にあり、その上標示板が曲つていて、谷在家町方面から南進して阿弥陀橋交差点に至り、右折して鹿浜橋方面に向う自動車の運転者は、この標識を確認することができない状態にあつたのであつて、これにより有効な制限速度の指定があつたものとはいえないから、これに従わなかつたとしても被告人は無罪であるというのであり、弁護人の控訴趣意第二点は、本件当時同交差点附近の環状七号線道路の北側部分は工事中の未完成道路であり、南側部分のみが使用されていたのであるが、横断歩道及び信号機の位置から見て、同交差点において道路交通法第三四条第二項にいう右折車両が進行すべき交差点の中心の直近の内側とは、原判決のいう地点よりも北西に寄つた地点でなければならないのに、原判決がこれをそれよりも南側と認定し、従つて谷在家町方面から同交差点に入つて右折する車両の運転者がこれに従つて右折進行すれば、右道路標識による制限時速が四〇粁であることを確認できるとして被告人を有罪としたのは、法令解釈の前提となる事実を誤認したものであるというのである。

よつて記録を調査し当審における事実取調の結果をも加えて考察すると、本件現場附近の環状七号線道路は昭和四二年九月六日当時は道路工事中であり、南側は舗装済であつたが、北側は未完成であつて、南側部分とは約二三糎の段差があつたので本件交差点を直進し、または同所で左折或いは右折する車両の交通の便を図るため右交差点内の環状七号線道路の北側部分には砕石を敷いて南側部分との段差を減じほぼ平坦としてあつた(この部分を取付け道路という)こと、同交差点南西側の歩道上に環状七号線道路における自動車の最高速度を毎時四〇粁とする旨の道路標識が設置されていたが、この標識は交差点角から二・八米を隔てた場所に立てられていたばかりでなく、本件当時その標示板が彎曲していたことを認めることができる。

所論は、右最高速度の標示の無効を主張するが速度標識設置の場所に関する所論の基準は訓示的規定であつてたとえその場所が右基準に副わず、かつ、標示板が彎曲していたとしても、正規の方法により通行する車両等の運転者においてこれを確認することができるものであるならば、その標示は効力を失わないと解すべきところ、前記場所に本件速度標識の設置されていることは、西新井方面から直進し、又は谷在家町方面から同交差点に入つて右折進行するいずれの車両等の運転者にもたやすくこれを確認し得るところと認められるから、右標識設置の場所が所定の基準に副わないことを捕えて直ちにその無効を主張する所論は到底採用するを得ない。しかして、本件当時右速度標識の標示板がどの程度に彎曲していたかを考えるに、右標識は廃棄されて現存しないため、昭和四二年一一月一五日足立区検察庁検察事務官志賀正志撮影の現場写真<2>ないし<4>と同年九月六日被告人撮影の現場写真<1>ないし<3>によりこれを推認するほかはないのであるが、これらの写真に見られる程度の彎曲であれば西新井方面から鹿浜橋方面に直進する車両の運転者からは右標示板により十分に最高速度毎時四〇粁の標示を確認することができるものと認められるから、この関係においてはこれを有効な標識であるとするのを妨げない。しかしながら谷在家町方面から同交差点に入り、正規の方法で右折進行して鹿浜橋方面に向う車両の運転者において、右標示板に示された最高速度を確認することができないならば、その右折車両に関する限りは右標識をもつて、有効な最高速度の指定があつたということはできないものといわなければならないところ、この点につき原判決は本件交差点が稍々斜に交わる変形交差点であり、しかもそのうち環状七号線道路の北側部分は工事未完成で一般通行の用に供せられていなかつたから、道路交通法第三四条第二項所定の車両等の右折方法に関し、交差点の中心とは環状七号線道路の南側部分の中心線と、谷在家町方面より阿弥陀橋方面に通ずる道路の中心線との接点(当審における検証現場見取図に赤字で中心点と表示したもの)であるとし、谷在家町方面から同交差点に入り右折進行する車両等が同所の直近内側を右折すれば優に右速度の標示を確認することができるから、これら右折車両の運転者に対しても、速度制限の規制は有効であると認定しているが、道路交通法第三四条第二項所定の右折方法に関し、同条項にいう「交差点の中心」が、本件交差点のように道路の片側が工事中である場合に、どの地点を指すのかは、同交差点の地理的状況、及び具体的な交通状況に照らし、社会通念に従つて判断すべきものであるところ、同交差点における信号機の設置位置、横断歩道の標示位置、環状七号線道路北側の前記取付道路の部分における車両等の通行状況等にかんがみ、本件交差点の中心とは、環状七号線道路の北側部分をも含めて道路の交差する部分の中心をいうものと解するのが相当であるから原判示認定地点よりも五・一〇米北側に在るものというべく(当審における検証現場見取図に黒字で中心点と表示したもの)、この点において、原判決には法令解釈の前提となる事実の誤認があるものといわなければならない。しかしながら原判決は更に被告人(車両)において、原審第三回検証の際検察官が、被告人の右折進路であると主張した<イ><ロ>地点を通行したとしても、右標示板により最高速度が毎時四〇粁であることを認めることができたものと認定しており、原審がその検証の際に使用した標示板の彎曲の程度が果して本件標示板のそれと同様であつたのかは微妙な問題ではあるが、被告人撮影の前記写真<1>に基づいてその彎曲状態を再現したものである以上ほぼ実際に近い彎曲状態を示していたものと認めるのが相当であり、しかも検察官の主張する右<イ><ロ>地点が、本件における正規の右折進路である中心点の直近内側に当り、かつ、この進路に従つて右折すれば、車両運転者は彎曲した本件標示板によつても指定された最高速度が毎時四〇粁であることを確認することができたものさ認められるから、かかる右折車両の運転者に対する関係においても最高速度の規制は有効になされていたものというのを妨げない。しかして職権で調査すると、被告人が正規の右折方法により右<イ><ロ>地点を通行したという証拠はなく被告人は原審及び当審を通じて右<イ><ロ>地点よりも更に北西側を通行して右折した旨供述しており、そのように右折通行したのであれば右標示板により制限時速が四〇粁であることを認め得ないことは原審第三回検証調書によつて明らかであるから、被告人は同交差点を右折して環状七号線道路を鹿浜橋方面に向い進行するに当り、指定の最高速度が毎時四〇粁であることを認識していなかつたものといわざるを得ない。なるほど原判決も指摘するように同交差点東側(西新井方面寄り)のグリーン・ベルト上には最高速度を毎時四〇粁とする道路標識が設けられていて、被告人はこれを確認しているのであるが、右は西新井方面に向う車両に対する最高速度の標識であるから、これをもつて直ちに、同交差点から鹿浜橋方面に向う車両についても同様の速度の規制がなされていることを認識していたものということはできないのであつて、同交差点を境として西新井方面に向う車両の最高速度は毎時四〇粁であるが、鹿浜橋方面に向う車両の時速は五〇粁と考えた旨の被告人の弁疏もこれを一概に排斥し難い。また原判決は東京都内の普通自動車の最高速度は原則として毎時四〇粁であり、環状七号線道路において自動車の最高速度が毎時五〇粁のところがあるとしても、工事中の本件現場道路においてもそれと同様であるとするのは根拠がない旨判示しているが、これによつて、被告人に本件現場道路における車両等の最高速度が毎時四〇粁であるのにこれを超えて運転することについての未必的故意があつたとまで認定することはできない。そうであるとすれば指定された最高速度が四〇粁であることを知りながらこれを超え時速六〇粁で運転したものとして最高速度超過運転の事実を認めた原判決は、故意に四〇粁を超えて運転したと認定した点においても事実を誤認したものといわなければならない。

しかしながら原審及び当審における証人警察官小川良夫の、白バイによつて本件運転の自動車を約八八・六米追尾し(原審第一回検証調書添附図面第一図)、被告人運転の自動車の時速が六〇粁であつた旨測定して検挙した旨の供述の信用性を疑わしめるものは何らなく(原審第二回検証調書添付図面に追尾距離三九・六米とあるのは、被告人の主張指示した追尾距離であつて信用性に乏しい)、時速五〇粁を超えていない旨の被告人の弁疏は採用することができない。被告人は前示のとおり道路交通法第三四条第二項に従い本件交差点の中心の直近内側である<イ><ロ>地点を通行して右折すれば、制限時速四〇粁の標示を確認することができたのであるからその方法により右折し、制限速度を確認して進行すべき義務があつたのにかかわらずこれを怠り、右中心の北西側を通過して右折したために右標識の示す速度を見落しこれを超える速度で運転をしたのであるから、過失により最高速度超過運転の罪責(道路交通法第一一八条第二項、第一項第三号)を免れることはできない。

以上説示したように、原判決には交差点の中心点を誤認して法令を適用したほか、故意により制限時速四〇粁を超え運転したものとして犯罪の成立を認めた点において事実を誤認したものであり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、本件控訴は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条、第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により被告事件につき検察官の予備的訴因(及び罰条)の追加を許容した上、更に次のとおり判決する。

〔罪となるべき事実〕

被告人は、昭和四二年九月六日午後三時五分頃東京都公安委員会が最高速度を時速四〇粁と指定した足立区上沼田町一五〇〇番地附近道路において、不注意により、右指定速度の道路標識を看過し、右指定速度を超える時速六〇粁で普通乗用自動車を運転したものである。

〔証拠の標目〕(省略)

〔法令の適用〕

法律によると被告人の判示所為は、道路交通法第六八条、第二二条第二項、同法施行令第七条、同法第一一八条第二項、第一項第三号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内において被告人を罰金五〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審及び当審の訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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